Kalyuga, S., Chandler, P., and Sweller, J.: Levels of Expertise and User-Adapted Formats of Instructional Presentations: A Cognitive Load Approach, Proc. of User Modeling ’97, pp.261-272 (1997). 人工知能学会誌Vol.12, No6, pp.953 (1997)

「分かりやすい教材は学習を助ける.」これは,一般に言われることであるが,「分かりやすい」とは何かに答えることはそう簡単ではない.本論文では,著者らが提案している認知負荷理論から一つの回答を示すとともに,教材提示の方法論を提案し,その妥当性を実験的に確かめている.

 認知負荷理論では,ダイアグラム,チャート,図,テキストなど多様な表現で表される教材を対象としている.教材の理解は,作業記憶(working memory)内で起こり,ここでの処理には限界があると仮定される.こうした限界を明示的に考慮して,作業記憶における不必要な負荷をできるだけ除くように,教材を構造化すべきであるというのがこの理論の根幹である.特に,教材が与える効果として,注意分割効果と冗長効果を取り上げ,これらを除くような教材提示の方法が考えられている.例えば,ダイアグラムとテキストから構成される教材を理解する場合,ダイアグラムのどの部分とテキストのどの部分が対応するかを心的に考えなければならない.このとき,各表現に注意が分割され,教材そのものの理解が阻害される可能性がある.そこで,この理論では,注意分割を軽減するために,ダイアグラムとテキストをあらかじめ統合して提示することが考慮される.また,各表現がそれ自体で理解可能であり,かつ同じ内容を表しているような場合には,ユーザにとって少なくとも一方は冗長な情報となり,これを処理すれば不必要な負荷を与えることになる.そのため,冗長な情報は極力提示しないことが望まれる.このように,「注意を分割せず,冗長な作業をさせない教材」を分かりやすい教材と捉えている.ただし,「分かりやすさ」は,教材の性質だけで決まるのではなく,ユーザの知識レベルにも大きな影響を受ける.そこで,本論文では,ユーザの知識レベルに適した教材のあり方について基礎的な証拠を得るために,3つの実験を行っている.

 最初の実験では,ドメイン(電気回路および回路の配線)に関して知識レベルの低い被験者を対象に,(1)ダイアグラムとテキストを統合した教材(統合形式:テキストの断片を対応する回路図の要素の付近に配置し,テキストから図要素へ矢印を加えることで統合),(2) ダイアグラムとテキストを統合していない教材(分離形式),(3) ダイアグラムだけの教材,のいずれかを与え,教材を学ぶ難しさと学習効果(テストの成績)の評価を行っている.難しさの評価は,7段階で評点をつけさせることで行われている.実験の結果,統合形式の教材を学んだ被験者グループは分離形式の教材を学んだ被験者グループよりもテストで高い成績を示し,教材の難しさについて一番小さな評点をつけた.また,難しさについて高い評点をつけた被験者は,テストでは良くない成績を示した.これらのことは,認知負荷理論,特に注意分割効果を支持するものである.次の実験では,知識レベルの向上と教材提示効果との関係を調べている.まず,最初の実験と同様に学ぶ難しさと学習効果を評価し,その後電気回路について訓練して,もう一度教材の難しさと効果の評価を行っている.実験の結果,訓練前後でダイアグラムだけの教材を学んだグループの成績が最も向上し,その度合いにおいて他のグループと有意な差が見られた.このことから,被験者の知識レベルが向上したため,効果的な教材の形式が統合形式からダイアグラムのみの教材に移行したと考えられる.著者らは,この点について統合形式に含まれるテキストの情報が冗長となったことが一因と考察し,最後の実験でこれを確かめるとともに,知識レベルが高くなれば,レベルが低いときには本質的であった情報も冗長となると考察している.以上の実験を通して,著者らは知識レベルに応じて,教材に含まれる情報を統合したり,取り除くことが必要であると結論している.

 最後に,分離形式において対応するテキストとダイアグラムの部分を色づける提示方法についても考察し,知識レベルの低いユーザに対しては探索コストを下げ,知識レベルの高いユーザに対しては不必要なテキストの説明を無視させることができるため,知識レベルを問わず教材を提示するための有用な方法であることを示唆している.