在研で得たもの Knowledge from Overseas Life 生産と技術 Vol. 50, No.2, pp.43-45 (1998)


1. はじめに

 平成8年から9年にかけて,文部省在外研究員としてドイツ連邦共和国に滞在した約1年間は,人として研究者として生涯忘れられないものです.読者の皆様に共感いただけるもの,あるいは参考にしていただけることがあるのを期待しながら,ドイツ滞在で学んだこと,感じ得たことを綴ってみたいと思います.


2. 研究環境

 私の専門は,知識工学であり,特にコンピュータを人間の知的活動(学習,教育,コミュニケーションなど)の補助ツールとするべく,必要なソフトウェアの設計方法論の確立ならびにシステム開発を行っています.ドイツでの滞在は,大学ではなく,情報技術に関するドイツ国立の研究所(GMD)でした.GMDには,いくつかの研究機関がありますが,そのうちBonn郊外にあるFIT(英語で言うと,Institute for Applied Information Technologyの略に相当します.)に所属しました.緑に囲まれた丘の上にあり,所内にはお城まであって,ヨーロッパ情緒を感じさせる研究所です.研究活動の合間に,部屋の窓から緑とお城を見るのが楽しみで,研究に活力を与えてくれたように思います.いくつかの大学を見て回りましたが,伝統的にヨーロッパにはこうした風情があります.建物ばかりに囲まれていたこれまでの自分にとって,こうした風情の大切さを実感した次第です.

 さて,GMDに滞在するきっかけは,国際会議User Modeling ’94 (UM-94),UM-96でのAlfred Kobsa教授との出会いでした.ユーザをモデル化してコンピュータ内部で表現する技術は,コンピュータが人間と円滑に関わり合うために必要不可欠なものです.Kobsa教授はこの分野では非常に著名な方でもありますが,気さくに研究についてお話する中,今回の滞在をお願いし,快諾をいただきました.こうした小さなきっかけから生涯心に残るような体験を得たということを考えると,いかに人との出会いが人生では重要であるかを痛感いたします.

 私が所属したHCI(Human-Computer Interaction)グループは,約40人の研究者で構成されていました.いくつかの研究プロジェクトが並行して行われていましたが,GMD単独で行うというよりも,パートナーを広く募集し,共同研究という形で進める場合がほとんどのようです.(ドイツに限らず,ヨーロッパでは,こうした共同研究の形がとられるようです.)国立の研究所ということで研究費に困らないということもありますが,例えば心臓の動きを可視化して,診断を支援するシステムの開発では,診断の専門家を有する大学の機関やシステムを評価する専門家,実際にプログラミングする方などをパートナーとして,研究開発を進めています.そのため,研究室内には,先の40人の研究者の他にも,いろいろな方が出入りしています.国籍も豊かです.GMDは,基本的に情報工学(コンピュータ技術)の立場からプロジェクトに関わり,それ以外はそれぞれの専門家から知恵を借りるという姿勢です.

 こうした研究体制では,研究を効率的に進められるだけでなく,いろんな分野の方々と接することができ,自分のやっている研究内容をより深めていくことができます.特に,印象に残ったのは,自分たちの研究を評価する専門の研究者を招聘して,一週間なら一週間,缶詰状態で議論しあうというものです.最終的に公表した研究成果の是非を評価することは日本でも見られますが,最終段階に至っていない研究でも専門家に詳細な評価をさせて研究に反映させていこうとする姿勢は,非常に積極的であり,研究者にとって有益なことだと思います.日本ではいろんな利害関係や感情的なものが生じてしまい,実現は難しいかもしれません.しかし,研究会や国際会議などでの詳細な意見交換はなかなかできないことを考えると,こうした環境はぜひとも手にしたいところです.


3. 研究観・研究姿勢

 研究活動では,ディベートが非常に重んじられます.聞くところによると,子供の頃から,ディベートの進め方を学ぶそうです.発表する側と聞く側に分かれ,意見を闘わせますが,発表者が学生になると,聞いている教授たちは一種ゲームを楽しむような感覚でディベートを行います.ゲームといっても発表者にとっては非常に厳しいものです.私自身も何回か発表者となりましたが,突っ込まれてやられてしまいました.しかしながら,ディベート内容は自分の研究を洗練するのに非常に役に立ったのが印象的です.ディベートでは,聞く側にも発表内容について批評すべき点(critical points)を的確に押さえることが要求され,討論の内容は非常に質の高いものになりますから,当然といえば当然です.

 国際会議に出席すると,いつも議論が下手で,ディベートの訓練が足らないことを感じます.もちろん,言葉の問題もありますが,やはり「主張し,批評に耐える」,あるいは「主張を聞いて批評を加える」ことを的確に行えることは,研究の世界では必要不可欠です.今後,自分も含めて,指導する学生にも,こうしたディベートをこなせるようにしていきたいと考えております.

 その他の印象的だった点として,関連研究を引用・参照することに非常に積極的であるということがあります.関連した研究を的確に選び,いい点は取り入れていく姿勢には,学問あるいは技術を積み上げていこうとする意識を感じます.他の研究を称えることは,勇気のいることですが,学問・技術の体系化に目を向けていくことは非常に大切なことです.

 また,関連研究だけではなく,自分たち自身の研究についても積み上げる姿勢を随所に見ることができます.GMDでは,個々のプロジェクトが全く独立して動いているわけでなく,相互の成果を積極的に共有していますが,例えばGUI(Graphical User Interface)構築支援ツールを作るプロジェクトがあり,このツールが教育支援システムのGUI設計に用いられたりしています.論文の中にも,そのことがちゃんと明記されており,研究室全体でHCIをやっていこうとする一貫した姿勢が感じられます.また,現実問題を対象として,ものをきっちり作り,その作る過程に新たな課題を見い出し,次のプロジェクトにつなげていくことにも,研究を積み上げようとする意識を感じることができます.

 もう一つ,ドイツ人の真面目さがでている点として,とにかく「きっちり作って見せる」,そして「きっちり評価する」ことです.ただ,学問的なオリジナリティーという点で,疑問が残るような研究もあります.アメリカのように,新しいパラダイム・新しい概念を積極的にうち立てていくというよりも,現存する概念のもとに研究を緻密に進めていく感じを受けました.しばしば,ヨーロッパは伝統を重んじるといいます.悪く言うと,新しいことに対して保守的であるといえると思います.研究の世界でも,このことが当てはまるのかもしれません.どちらがいいという問題ではなく,新しい概念を打ち出し,それを精緻化し,学問・技術として積み上げることが必要なのだと思います.


4. 研究と生活のバランス

 研究以外の日常生活に目を向けてみますと,GMDでは5時には帰宅し,家でゆっくり自分の時間あるいは家族との時間を過ごす研究者が多いのに驚きました.決して,仕事が暇なわけでなく,仕事と家庭のバランスをうまく保っているのです.人生は研究だけでないという意識なのです.

 また,年間の休暇が6週間もあり,ほとんど全員これを消化しています.ヨーロッパでは,ドイツに限らずほぼこれくらいの期間の休暇があります.日本では考えられないことです.驚いたことに,プロジェクトが進行しているときでも,平気で2週間も3週間も休みをとります.他のメンバーが,この穴埋めをするわけですが,文句など一切出ません.「もちつ,もたれつ」の関係で,みんなが休みをとるからです.これだけ休むと,休み明けが大変だと思うのですが,ほとんどの人は問題なくプロジェクトに貢献しています.このメリハリの良さにプロ意識のようなものを感じます.自分を振り返ると,研究を仕事と見て,生活と研究を明確に区別していないところがあります.どちらがいいか分かりませんが,少なくともメリハリをつけて研究と生活のバランスをはかりたいと考えています.私も妻帯者ですから.

 また,在研のもう一つの魅力として,研究を離れて,その国の文化や宗教にふれることができることが挙げられるかと思います.建築,絵画,オペラと数え上げればきりがないほど,いろんなものを見ることができ,日本では経験しがたい刺激を味わうことができました.また,多くの人との出会いがあり,いろんなことを教わりました.こうしたことは,ヨーロッパを知るだけでなく,日本を再度理解するとてもよい機会だったと思います.


5. 最後に

 本稿では書ききれなかったことを含めて,ドイツ滞在で学んだことを今後の研究生活に活かして行きたいと思います.最後になりましたが,本稿の執筆の機会を与えてくださいました,産業科学研究所の岩崎裕先生に感謝申し上げます.